くわのみブログBlog

日記 2021.7.22

【耕グループ15周年企画】思い出エピソード②「思い出の温泉」

「温泉行こか」

入浴介助中、突然言われた一声でそれは始まりました。口調はまるで旧知の間柄のような静かな雰囲気で、私は後先も考えずに「行きましょう」と言っておりました。Aさん夫婦の人生に深く感銘を受けていた私は、Aさんの思いは何だろうと常に考えておりましたので、この申し出にすぐに飛びつきました。

Aさんは若い頃、大工の修行中墨引きをしていて、線を正確に引けていないと親方に言われ、目が悪くなっていることに気付き、修行を止められ盲学校に入学されたそうです。

ちなみに奥さんとはその頃知り合って、結婚されたそうです。その後お二人でマッサージの技術をみがかれ、マッサージ店を開店されました。御夫婦の人柄もあってお店も繁盛し、子宝にも恵まれ二人の娘さんを育てあげられました。長女さんは母親似でとても朗らかな方、次女さんは父親似で物静かな方。面白いですね。これ程、両親に似るとは。長女さんはくわのみの職員でしたので私とAさんが二人で温泉に出掛ける事はすぐ了承して下さいました。Aさんから温泉の話が出た背景には、こんな事があったのです。一週間程前、リビングでの会話は温泉がテーマでした。下呂温泉や草津温泉、昼神温泉など皆さんから聞こえてきました。Aさんは顔をほころばせながら、小渡温泉に行った事があると言われ楽しそうな表情で話して下さいました。

その様なことがあってAさんの心の中に温泉に行きたいと思いが強くなっていったのかもしれません。しかしながら目の不自由な方が私との声だけの触れ合いで、よく信頼していただけたと嬉しくて、無事に一日を楽しんでもらえるよう計画しなければと思いました。近場の温泉を探したところ、恵那ラヂウム温泉が見つかり決定です。小じんまりとした岩風呂で大きな障害もなさそうで大丈夫と判断しました。Aさんは声掛けをしっかりと理解され、片手を添えての歩行もしっかりと足取りよくされます。私の休日を選んで、当日は皆さんから「楽しんで来てや~」の声を背中で受けて本当に嬉しそうな表情を見せられ車に乗り込みました。なんと言ってもラヂウム温泉は恵那ですので、あっという間に到着です。

先客は誰も居なくて貸切状態。くわのみでの入浴介助と違い、私ももちろん裸です。風呂の椅子に腰掛け、Aさんの背中を流していると、家族で温泉旅行に来たような錯覚をしてしまう程のんびりほんわかした気持ちになり、自己満足でしょうがAさんも楽しまれたのかなと思いました。入浴中、何の会話をしたのか思い出せません。ただ、沈黙が息苦しく感じる事なく二人で静かに浸っていたと記憶しています。温泉を満喫した後は昼食です。事前に好物を伺っていましたので、中津川の青木に行き蕎麦を食べていただこうと入店、正午前だったので、すぐ席に着く事となり、ざる蕎麦を注文され、おいしそうにすすられる様子にこちらもつられてすぐに完食です。すぐ帰ってしまっては何か物足りなく、食後もう少しAさんとの空気に浸りたく恵那に戻ってコメダに寄りコーヒータイムを楽しみ帰路につきました。

満足して頂けたのか今となっては聞けません。くわのみを退所され、地元の介護施設を利用される事となり、時々奥さん同伴で面会に行きますと満面の笑みで迎えられ、二人でにぎやか(奥さんだけ)な会話を見て、横で楽しく聞いて過ごしていました。

残念ながら誤嚥性肺炎でお亡くなりになりましたが、ラジウム温泉での一日の旅は今でもほのぼのとした思い出が心に残っており、貴重な体験となりました。Aさんと過ごした時間はいつまでも大切にします。