耕グループは昨年15周年を迎え、特別企画として社員の想い出エピソードを集めました。
その中からいくつかの物語をシリーズで紹介します。1回目は管理栄養士さんが語ってくれたお話しです。
「わたしの思い出のいちご」 管理栄養士 下川志野
耕グループに入職して間もない2月11日。わたしにとって忘れられない出来事がありました。
ペースト食を召し上がっていたMさん。歩いて外に出ていってしまうほどお元気だったとのこと。よく食べられる方でわたしが勤め始めた頃は「Mさんはよう食べりるで、多めに盛ってあげる。」というのが厨房職員の共通認識でした。
しかしMさんの全身状態は悪化しており、わたしが初めてお会いしたMさんは食事摂取もままならなくなっていました。そして既定路線であったかのように熱発、絶食に。なかなか食事再開の指示がない中、Mさんのご家族様よりいただいたいちごでお菓子作りをすることになりました。
「ムース状ならMさんにも食べてもらえる。」との介護職員からのアドバイスから、いちごソースをかけたミルクプリンを作ることに決定。少し小さめのいちごとお砂糖を混ぜソースを作ると甘くて香しい春のにおいが満ちてきます。ミルクプリンはMさんが飲み込みやすいようやわらかく仕上げました。
しかしMさんの状態は思っていたよりも悪化しており、召し上がっていただいたミルクプリンは気管に流入していました。もはや経口摂取できる状態ではなかったMさんにお出ししてしまったことへの後悔が頭をもたげます。
「もうお楽しみ程度に食べることも難しいみたい。でも香りは感じてもらえたと思うよ。」介護職員の言葉に、少し、救われた気持ちになりました。
Mさんは一週間後にご自宅に戻られ、その日のうちに息を引き取られました。ご家族様にいただいたいちごで誂えたいちごソースのミルクプリンはMさんが最後に口にした食べ物となりました。図らずもその人にとっての最後の食事を作らせていただくことになるということを心に留め、毎日の食事を心を込めておつくりしなければと強く思わされる出来事でした。
後日、Mさんのご家族様から職員ひとりひとりにMさんの故郷である山岡のいちごをいただく機会がありました。一粒、ぱくり。いちご独特の芳香が鼻腔に広がり、甘酸っぱい果汁が口の中に溢れます。
Mさんはこのようにいちごを感じることができたのだろうか。ミルクプリンを誤嚥して苦しい思いをされたのではないか。少しでもいちごの香りを楽しんでいてくれたら・・・。
もはや確かめるすべはありません。
この先もきっといちごを食べるたびにMさんを、あの日の後悔を、その裏にあるかすかな期待を思い出すでしょう。そして高齢者の食に携わる者としての覚悟を新たにするのです。